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金継ぎは、欠けたり、割れたり、破損した器を修繕する技法のひとつ。ただ修理するだけでなく、器に新たな魅力を宿すこの技法は、国内外で注目されています。今回は金継ぎを行い、その丁寧な仕事ぶりが好評の持永かおりさんにインタビュー。金継ぎの魅力や工程、持永さんの想いやこだわりなどを前後編の2回にわたってご紹介します。
金継ぎから着想を得た映画が上映されるなど、海外でも注目される金継ぎ。その魅力や反響を持永さんにお聞きしました。「金継ぎの魅力は、まず天然の接着剤といわれる漆を用い、口に触れる食器でも安心して直せること。そしてただ直すだけでなく、その器にまつわる様々なエピソードが傷跡に刻まれ、壊れる前よりも美しく思えるところにあります。
海外では、傷などを全く分からないようにする修復技術に優れ、壊れたものを飾り直すことに長けています。日本の金継ぎは傷を隠さないので、昔は『傷を隠す技術がない』といわれていたらしいのですが、今では『傷跡が美しい』とアートの対象になり、見方がすごく変わりましたね。
また、コロナ禍でおうち時間が増え、ご自身で修繕する方が増えました。いざ修繕してみると、その行為自体の気持ちよさが実感できるのも金継ぎの魅力かもしれません。気になっている所を直して、それがまた使える。なんだか自分が救われるようなポジティブな感情が湧き出てきます。ただ、なかなかうまくできないケースもあり、ご自身で直した仕上がりに納得がいかなかったり、漆を使わずに修繕して安全性に不安を感じたり、やり直しの依頼が増えています」
持永さんは金継ぎを日本らしい文化と話します。「漆を使って器を修繕するのは縄文時代から行われており、国内の遺跡から漆で接着された痕跡のある土器が見つかっています。平安時代には漆と金・銀を用いた蒔絵が登場し、茶の湯の文化が花開いた室町時代・安土桃山時代頃に、茶碗の修繕の仕上げに蒔絵を応用した金継ぎが行われるようになったといわれています。
金継ぎは侘び寂びにも通じていると思います。どこか歪んでいたり、ちょっと古ぼけていたり、不完全なものに美意識を見出す日本らしい文化のひとつですよね」
直せない器はないと話す持永さん。「乾くと丈夫な漆は本当に優れた素材です。漆器がある通り木との相性は抜群で、陶磁器の接着にも適しています。ただ、ガラスは漆が剥がれやすく本来相性があまりよくありません。ガラス用の漆を使って修繕は可能ですが、高度な技術と経験が必要で、時間も手間もかなりかかります。それでも、漆で時間をかけて繕ったガラス器の美しさは格別で、苦労するのが分かっていながらもつい引き受けてしまいます」
多摩美術大学でガラス工芸と陶芸を専攻し、割れたガラスを接着した作品なども制作していた持永さん。金継ぎ師となった経緯をお聞きしました。「友人がつくってくれた大切な器(写真)を割ってしまって…。食器ですから安全な素材で直したいと思い、漆を用いた金継ぎを学ぶことに。そして、徐々に知り合いに頼まれた器を修繕するようになりました。
金継ぎを生涯の仕事にしようと決めたのは、東日本大震災がきっかけです。震災の数日後、美術家の友人から復興支援としてアート作品を販売し、その売り上げを寄付するというプロジェクトに誘われたのですが、その当時、作品と呼べるものはなく一度は断りました。でも、被災地で多くのかけがえのない物が壊れている状況を映像で目の当たりにし、“直すこと”で参加しようと、ワレモノ修理プロジェクト『モノ継ぎ』を立ち上げることに。結局その時は依頼がなく売り上げとして貢献することはできなかったのですが、私にとっては、とても大きな一歩になりました。
当時は陶芸教室のアシスタントとして働き、子どももまだ小さくて、震災によっていろんな不安が頭をよぎっていました。でも、“壊れた物を直す”という自分のやるべきことが明確になり、人のために立ち上げたことが結果的に自分を救うことになったのです」
「モノ継ぎ」を立ち上げ、金継ぎ師として活動を始めた持永さん。D&DEPARTMENTのリペアネットワークに参加し、定期的に金継ぎの受付を行うなど、年間300個ほどの修理を手がけています。偶然に生まれた傷の美しさを感じながら修理することがモットーだと話します。
「子どもの頃から古い物が好きで、知らないうちにヒビや割れが好きになっていました。これはもうフェチみたいなものですね。ヒビや割れといった傷は人の作為で生み出せる線ではなく、そんな美しいものを人の手で消してしまうのはもったいないという気持ちが大きいです。さらに、素材の美しさも生かしていきたいですね」
持永さんはより美しく仕上げるために蒔絵師のもとで学んだり、新たな修理技法を模索。なによりも手を尽くすことに強いこだわりを持っています。「金継ぎを行う人が増える中で、縁あって大切な物の修繕を私に依頼してくださるのですから、頼んでよかったと思っていただきたい。1人でやってますから途中の工程を省いたり、ごまかすことができるかもしれません。でも、それをやったら終わり。誰も見ていないからこそ、真摯に器と向き合い、自分が納得いくまで手を入れるのは譲れないことです」
日本産の漆を使うことも譲れないこだわりと話す持永さん。漆の魅力とはどんなものなのでしょうか。「天然素材なので、口に触れても安心ですし、小さなお子さまの器にも使えます。また、すごくおもしろい性質を持っています。水分を取り込むことで硬化するため、湿度が高いほうが乾きやすい。あと、慣れないと扱いがかなり難しい素材です。かぶれるので直接触れないし、乾くのも時間がかかるし、最初は失敗ばかり。でも、だんだんと扱いが分かってきて、思い通りに使えるようになると、漆の機嫌をとりながら作業するのが心地よくなってきます」
国内に流通する漆のほとんどが中国産のなかで、あえて日本産にこだわる理由とは。「国産の漆は縄文時代から脈々と受け継がれ、途絶えそうになりながらも最近は持ち直してきているようです。2018年度から文化庁が国宝・重要文化財の建造物の保存修復に原則、国産漆を使用するように通達したこともあり、産地も以前より活気づいているように感じます。
中国産は性質に違いはありますが、質が悪いわけではありません。ただ、輸入できない状況になると困りますよね。なによりも、日本人の暮らしに密接に関わってきた漆は、伝統や文化でもあるわけですから、守り続けていきたいと思います」
「苗木を植えてから漆が採れるように成長するまで15〜20年かかるといわれ、 1本のウルシから採取できる漆はわずか牛乳瓶1本ほど(180〜200グラム)。また、苗木を育てる人、採取する人、採取する道具をつくる人など産業としての裾野も広く、たくさんの人が時間をかけて携わることで漆が生まれます。そのサイクルの中に含まれていることが、私にとってとても大切なことなのです。そして、貴重な漆ですから大事に使いたい。どうしても作業工程で余分な漆が出てくるので、余った漆は木製のカトラリーに塗って活用しています。木のカトラリーに漆を塗ると丈夫になり、風合いもよくなるんですよ」