kintsugi
金継ぎは、欠けたり、割れたり、破損した器を修繕する技法のひとつ。持永かおりさんインタビュー後編の今回は、金継ぎの工程や依頼前に知っておきたいこと、金継ぎを通じて深まる物への愛着などをご紹介します。
天然の接着剤である漆を用いた金継ぎ。漆が乾き、固まるまで最低でも1カ月はかかり、修繕には4~12カ月を要すると持永さん。「小さな欠け・ヒビ・割れ・大きな欠け・複雑な割れなど破損状況で工程・日数は変わります。状態によっては1年以上お待たせすることも。きちんとした修繕を行うために、念には念を入れているので、どうしても時間がかかります。
また、欠損した部分があると難易度は高まりますが、麻布や和紙などを使って作ることも可能です。陶芸をやっていましたので、器を作った方の気持ちを汲み取りながら、作陶時の手の動きを想像しながら欠損部を造作していきます」
金継ぎで使う漆は複数の種類があります。基本となるのは生漆(きうるし)。その名の通り、木から採取し不純物を除去したものです。このほか、塗りの工程で使う黒呂色漆(くろろいろうるし)や木地呂漆(きじろうるし)、生漆に顔料の弁柄(べんがら)を混ぜた赤色の弁柄漆があります。接着時は、生漆に小麦粉を混ぜて麦漆を調合。小麦粉のグルテンが破片を継ぎ合わせた際の保持力を高めます。「梅雨時でなければ漆は乾いて固まるまでに時間がかかります。すぐに乾かないので焦らずマイペースで作業でき、微調整も行いやすいのが漆の利点ですね」
割れた器は、断面の隙間を埋めるように麦漆を塗って接着。数日かけてズレを調整していきます。漆は水分を取り込んで硬化乾燥するため、温度20℃以上・湿度70%以上を保った室(むろ)で保管。早ければ1カ月ほどで硬化乾燥できるそう。「漆は温度・湿度の見極めが最も難しく、中までしっかり乾いて固まっているか判断が難しいので、慎重に時間をかけなければいけません」
破損部分の修理が終わったら仕上げに取り掛かります。接着した部分に沿って漆を塗り、その上に金粉を蒔き、はらい毛棒で金粉を払うと接着した部分が美しい金色の線となって現れます。「仕上げはとても緊張する作業です。長い時間をかけて直してきた総仕上げですし、素材によってはやり直しがききません。白くマットな器だと線がはみ出ると染み込んで拭き取ることもできません。気持ちを整え、集中できるタイミングを見計らって作業しています」
金継ぎと聞くと仕上げは「金」のイメージが強いですが、持永さんは8種類の仕上げを用意されています。「金と銀は、それぞれ艶のある磨き仕上げとマット仕上げがあり4種類。また、漆仕上げも赤・黒・白・溜塗(ほんのり朱色)の4種類あります。金銀と漆の違いは価格と耐久性ですね。金銀は使うほど摩耗し、やがて下地の漆が見えてきます。日常使いで気兼ねなく使いたい場合は漆仕上げをおすすめしています。また、金や銀も美しいですが、器の雰囲気によっては漆仕上げのほうがしっくりくる場合も。ご相談時に、器の持つ雰囲気を見て、用途をお聞きしておすすめの仕上げをご提案しています」
金継ぎを依頼されるときに、とても困るのが自分で合成接着剤を使っていること。「接着剤をきれいに剥がさなければいけませんが、剥離剤は人体に有害な物が多いので私は使用していません。煮沸で除去できない場合はお断りするか、接着剤の上から進めざるを得ません。また、意外と困るのがガムテープやセロハンテープで仮留めしている状態。こちらも時間が経つと粘着部分の剥離が困難になります。もし仮留めされるならマスキングテープを使用してください」
口に触れる食器は、人体に無害な素材で直す必要があります。「私は天然素材で、安心して使える漆にこだわっていますが、ご自身で金継ぎする場合も可能なら合成接着剤は使わず、天然の漆で直してほしいと思っています。自然の漆ではない合成塗料『新うるし』が多種ありますが、天然素材の漆との違いをよく知ったうえで、使用できる箇所を充分に確認して使ってほしいですね」
金継ぎした器は電子レンジ・食洗機・オーブン・直火の使用はできません。「修繕した器は、繕う前と同じ強度に戻るわけではないため、優しく労りながら使っていただくことが大前提となります。また、丹念に修繕しても経年で接着部分に水などが染み込み、接着した箇所が外れてしまうことも。漆を使っていれば、改めて金継ぎができるので、取れたらまた直すの繰り返しになることを想定しておきましょう」
大事な器ほど壊すことを恐れてなかなか普段使いできないことがあります。それでも使い続けてほしいと話す持永さん。「壊れるのが怖いからといって使わないと器は古びていきます。特にガラスは、どんどんくすんでいきます。器は不思議ですよね。普段使いしていくとだんだん体になじんでくるような感覚になります。愛着も深まりますよね。
壊れたら直せます。もちろん、場合によっては時間がかかるし、代金も器の値段以上になることだってあります。それでも、手放せない物を慈しみながら直しながら使い続けるのは、心の豊かさにつながること。これは私自身の経験から気づいたことであり、依頼者さんとのやりとりからも深く実感しています」
家族が大事に使っていた器、愛着や思い入れの強い器など、替えがきかない物を蘇らせる金継ぎ。その想いを汲むように手を尽くす持永さんは、修繕しながらも傷が残ることが金継ぎの本当の魅力だと語ります。「大切な器が欠けたり、割れたりするとショックですよね。家族の大事な物だったら申し訳ない気持ちになりますよね。
金継ぎは修繕といっても、傷跡は消えません。傷つけたり、壊したりしたことをなかったことにしないのが、金継ぎの本当の魅力だと感じています。大切にしていた気持ち、割れたときの気持ち、直そうとした気持ちの全てが傷跡に刻まれていて、それを優しく労りながらこれからも使い続けていくのは、とても温かいことだと思います」
持永さんへ依頼される方はお金と時間をかけてでも直したいという理由があって依頼されています。「お話を聞くとそんな大事な物を預けてくれるのか、大事に直さなければと身が引き締まります。 そして、修繕が終わってお戻しすると『これでやっと救われました』とおっしゃる方もいます。おこがましいですが、私の仕事はただ物を直すだけでなく、依頼者のお気持ちも直しているんだと。
人は傷ついた経験や挫折を通して美しく磨かれていくことがありますよね。そして、傷ついた人がいたら労りますよね。こうした美しさ、優しさ、温かさは金継ぎと相通じるところ。傷ついたことはなかったことにしない。人も一緒だなと思います」